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エピキュールの旅「東海道」編①

Epicures(エピキュール)とは美食家、食道楽を意味することば。ギリシャの快楽を探求していた哲学者、エピクロスを語源とします。
食の快を探求するため、日本の名産品、特産品の産地へ訪れ、その食文化を学ぶ旅。ミシュランガイドを片手に、いざ食道楽ドライブ!


江戸のころ、観光ルートとしても栄えた東海道五十三次は、今でもその土地ごとに魅力があります。今回はこの長い街道を食文化とともにドライブする3本立ての1回目です。

190417 tokaido day1 map

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※「ミシュランガイド」掲載飲食店/宿泊施設(赤字)と外国人観光ガイド「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」掲載地(緑字)が全てイラスト上に記載されているわけではありません。

 東京・日本橋と京都・三条大橋を結ぶ東海道。道としての歴史は1601年、今から400年以上前に徳川家康が、東海道、中山道、日光街道、奥州街道、甲州街道の5つを五街道として整備したのがはじまりです。街道沿いには荷物などを送り届けるための宿場が用意され、それが元に形成された町を宿場町といいました。

 東海道はゲームやドラマなど様々な物語に登場しますが、そのはじまりは1802年に誕生した十返舎一九の『東海道中膝栗毛』といってもいいでしょう。八丁堀の住人、弥次郎兵衛と居候の喜多八が、厄落としにお伊勢参りの旅に出る話は、本編を読んだことがない方も、名前だけはご存知の方も多いのでは? 彼らが歩いたのも東海道です。

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日本橋には、日本の道路の起終点を示す道路元標(げんぴょう)がある

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現在の日本橋。日本橋を覆う首都高は五輪後20年かけて地下化される

 東海道のスタート地点日本橋は、今では重要文化財として道路の起終点を示す道路元標が埋め込まれています。この周辺にはホテルなども多く、まずはこの周辺で宿泊し、食事を楽しむのもおすすめです。例えば、日本橋からほど近い銀座の「てんぷら阿部」。「なだ万」で天ぷらを揚げていた職人が油にこだわり、野菜にこだわる逸品を食べられます。

 2008年にオープンし、ミシュランガイド東京2019のビブグルマンに掲載された「てんぷら阿部」は銀座4丁目と8丁目に2店舗構える天ぷら専門店。今回は4丁目の銀座本店の小林和靖さんにお話を聞きました。

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銀座本店店長の小林和靖さんは「なだ万」を経て「てんぷら阿部」へ

「たくさんの方に天ぷらを楽しんでいただきたいという考えで価格設定を抑えています。しかし、技術は『なだ万』を蹈襲しています。お客さまで多いのはファミリー層や若いカップル、外国人の方も増えております」

 実際に食べてみると、天ぷらはサクサクで油切れがよく、後味さっぱり。これならいくらでも食べられてしまいそう。さっぱりしている中に、胡麻油のコクも感じられます。油の配合は綿実油7の太白胡麻油3。

「綿実油は国内で唯一絞っている場所のものを使わせてもらっています。春夏はタラの芽や鱧、秋冬は白子や下仁田ねぎなどが美味しいですね」

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極太の下仁田ねぎを天ぷらに。食べられる期間が限定された一品

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下仁田ねぎは、熱が加わることで甘みが強くなり、非常に滑らかな食感に

 綿実油の多くは国外のものですが、「てんぷら阿部」が使っているのは実だけを輸入し、国内で搾っているものだそう。江戸前天ぷらの主役といえば車海老と穴子ですが、同店の名物はこれに加えて茨城県鹿島沖産直送の「大地蛤」だそう。大きい地蛤が800円で食べられてしまうのはなんとも魅力的。

 天ぷらは、江戸時代に食用油の生産量が増えたことで庶民の味として立ち食い屋台を中心に普及していきました。屋台では串に刺した天ぷらをおやつ感覚で食べていたそう。

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ふわとろな食感が堪らない白子の天ぷら

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江戸の名物だった穴子の天ぷら

 美味しい天ぷらを味わったら、いよいよ旅へ出発。日本橋を出て最初の宿場町は「品川宿」です。日本橋を出て、京橋から新橋。さらに、増上寺を見ながら金杉橋を渡り品川宿に。同宿は現在の品川駅南の八ツ山陸橋のたもとから始まっていたそうです。

 品川宿は遊女が1,000人以上もいたといわれ、その規模は吉原に次ぐものでした。日本橋からそもそもさして遠くない土地で、行きも帰りも泊まる必要はないのに、なぜそこまで隆盛を極めたのか? それは江戸時代に刊行されていた川柳の句集『誹風柳多留』を見るとわかります。

 品川の客にんべんのあるとなし  『誹風柳多留』第七編(1772)

 この句にある通り、三田の薩摩屋敷の侍や芝・高輪の寺々の僧の姿が目立って多かったようです。ちなみに、この句の「にんべんのあるとなし」は「侍」を「にんべん」とし、その「にんべん」を「侍」から外すと「寺」になることから僧のことを指しています。つまり、侍と僧ばかりということ。旅人ではなく江戸の侍と僧で賑わっていたことがわかりますね。

 品川宿からさらに進み、六郷を超えると「川崎宿」です。ここは旅人だけでなく、厄年の男女が川崎大師の参拝にも訪れる人気エリアでした。中でも江戸時代、「万年屋」と呼ばれる旅館兼茶屋がありました。名物は「奈良茶飯」で、茶飯に豆腐汁、煮染などをセットにしたもの。今の日本の定食のルーツとも言われています。

 さて、それぞれの宿場町一つひとつを訪ねていくと、京都の三条大橋まで江戸時代と同様に半月かかってしまいます。江戸っ子たちは、日本橋から三条大橋までの約492kmを徒歩で13日〜15日かけて旅したようですが、自動車もある現代ですから、高速道路も利用していいとこ取りの旅へと向かいます。ということで、東名高速道路で富士川まで駆け抜けました。

 ちなみに今回のドライブのお供はミシュランガイドとミシュランタイヤ「MICHELIN PRIMACY 3」。ミシュランを代表するプレミアムコンフォートタイヤというだけあり、高速走行時の乗り心地も快適なもの。長いドライブでも疲れにくく安定していた一方で、ハンドルを操作したときに思ったとおりにクルマが動いてくれる素直な手応えや応答性、グリップもしっかり感じられる安心感も高いものでした。東名川崎から富士川サービスエリアまでは約120km、快晴の中、爽快なドライブが楽しめました。

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MICHELIN PRIMACY 3はハンドルを操作したときの安心感も高い

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富士川サービスエリア(下り)では、富士山をのぞき見る穴がある。しゃがみこんで覗いてみる

 さて、富士川サービスエリア(下り)は富士山のビュースポットとしても有名です。天気がよければ、写真のような東名富士川橋と富士山の絶景を楽しめます。多くの人が車を停めて写真撮影を楽しんでいました。

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富士川サービスエリア(下り)から眺める富士山

 この富士川の手前が「吉原宿」で、そこに左富士神社があります。東海道を東から西へ行くと、富士山はいつも右手に見えているのですが、ここの眺望からは左手に見えるのでこのような呼び名に。広重の描く「吉原左富士」が有名ですね。当時の江戸の民は、ここから富士川の渡し場〜岩淵へ向かいました。もし時間があれば吉原宿へも足を延ばし左富士を楽しむのも手ではないでしょうか。

東海道編②につづく

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てんぷら阿部 銀座本店
「ミシュランガイド東京2019」に、ビブグルマン*として掲載。

住所:東京都中央区銀座4-3-7 スバルビル B1F
TEL:03-6228-6077
営業時間:
[月~金]ランチ:11:30~14:00/ディナー:17:00~21:00
[土・日・祝]ランチ:11:30~15:00  /ディナー:17:00~21:00
日曜営業
Web:https://tabelog.com/tokyo/A1301/A130101/13092132/

*ビブグルマン:価格以上の満足感が得られる料理。良質な食材で丁寧にしあげており、5,000円以下で楽しめる。

2019年4月24日掲載
※掲載内容は取材時の情報です。(取材日:2018年11月21日)
※飲食店/宿泊施設は取材時にミシュランガイド公式リストbyクラブミシュランに掲載されている情報です。(ミシュランガイド公式リストbyクラブミシュランは、ミシュランガイドに掲載されている最新の飲食店/宿泊施設を閲覧できる公式ウェブサイトです。)

 

mem sabakaido nakamura

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中村祐介 Yusuke NAKAMURA

編集者、ジャーナリスト、フォトグラファー
食生活ジャーナリストの会所属
一般社団法人おにぎり協会代表理事
一般社団法人日本編集部代表理事
株式会社エヌプラス代表取締役

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