
前後タイヤのパターンが逆向きなのはなぜ?
オートバイシリーズ「タイヤを知るとバイクはもっと楽しくなる」vol.3
今回はタイヤの表面、トレッドと呼ばれる部分に注目してみましょう。バイクはクルマと違って前後タイヤともパターンがよく見えるため、「カッコいいパターン」が重要になってきますが、そもそもこのパターン、『溝』は何のためにあるのでしょう?
多くのライダーの方は、タイヤの溝の役割として排水性を思い浮かべると思います。もちろん雨天時の排水性が溝の重要な役目ではありますが、溝は乗り心地や自然なハンドリングを生み出す大切な仕事も担っています。
例えば、バイクやクルマで距離を重ねていくと、当然タイヤの摩耗が進みます。タイヤは少しずつ減っていくため、その変化にはなかなか気が付きにくいですが、タイヤを交換した際に「乗りやすくなった」「乗り心地が良くなった」と感じるのは、多くの方が経験していることかと思います。
これは古いタイヤは摩耗し、溝が浅くなっていくことで「路面の凹凸を吸収する」という、タイヤ本来の仕事が十分に機能できなくなったために起きる現象です。そう考えると、「雨の日は乗らないから減ったタイヤでも大丈夫」という考えがとても危険であることがわかりますよね。
雨天時の排水性はタイヤの溝の重要な役目ですが、それ以外にもタイヤの溝は様々な仕事をしているのです。
タイヤが減り、溝が浅くなるとタイヤは本来の仕事を果たせなくなります。タイヤを新品に交換した際にバイクが乗りやすく感じるのは、タイヤが本来の仕事をするようになるから。この感覚を多くの方に知っていただきたいですね。
タイヤにはハイグリップタイヤからツーリングタイヤまで豊富な種類があります。特に最近のラジアルタイヤは選択肢が細分化され、よりニーズに合ったタイヤを選べるようになってきました。そしてツーリングタイヤほどトレッドにおける溝の割合が多くなり、スポーツタイヤほど溝の割合は少なくなります。
これらの最適化されたトレッドパターンデザインとコンパウンドの特性なども考慮しながら、剛性のバランスを変化させてタイヤのキャラクターを決めていくのです。これがタイヤによる路面状況に適したグリップ力や乗り心地、そして耐久性などの違いを生み出しているのです。
もちろん近年のタイヤは、カーカスやキャッププライと呼ばれるタイヤ内部の構造や素材も大切です。もちろん内部構造も乗り心地にも影響しますが、今回は溝に焦点を当てて話を進めていきます。
例えばサーキットのような限られた条件・コースを走行するなら、溝のないスリックタイヤが成立しますが、様々な路面が登場する一般道はそうはいきません。いろいろな路面状況やバイク、気温やライダーに対応するためにミシュランのエンジニアやデザイナーは最適な溝のパターンを設計します。
また、溝にはタイヤの偏摩耗を抑える役目もある一方、溝の中にはタイヤの摩耗を見極めるためスリップサインも存在します。何気なくみているタイヤの溝には色々な役割が隠れているのです。
タイヤの個性を生み出すトレッドパターン。溝には様々なカタチがあり、すべてに重要な役目があります。溝の中にある凸部がスリップサイン。バイク、クルマに限らずトレッド面のスリップサインが露出するとタイヤ交換の合図です。写真はパワー6
タイヤは求められるニーズによってパターンが変わります。ツーリングタイヤになる程に溝が増えるのは一目瞭然ですね。性能は当然ですが、タイヤの顔となるためカッコ良さやミシュランらしさも重要になってきます。
溝の様々な仕事を知っていただいたところで、今回の本題です。近年のタイヤは前後タイヤのパターンが逆になっています。これはなぜでしょう?
まずは前後タイヤの負荷のかかる状態を考えてみましょう。前輪の最も大きな負荷がかかるシーンは、コーナリングの横Gではなくブレーキングの減速Gになります。だから前輪のパターンはタイヤの回転方向とは逆の方向の力に対応することを考えています。対して後輪に最も負荷がかかるシーンは加速。つまり回転方向と同じ方向の力に対応しています。
これが前後でパターンの異なる理由です。現在では様々なメーカーがこのパターンを採用していますが、ミシュランでは30年以上前からこの手法を採用。1992年に登場したA39/M39で導入しているのですが、当時はこの前後逆向きパターンが主流になることはありませんでした。
その原因は意外かもしれませんが、人の感覚でした。当時は「タイヤの前後パターンは同じでないと…」、という声が大きく、逆向きは受け入れられなかったそうです。しかし、そんなことを言っていられないほど、バイクの性能は向上していきます。1000ccクラスのスーパースポーツや大排気量フラッグシップが登場し、パワーもスピードも大幅にアップ。タイヤに求められる要求が飛躍的に増えたのです。
ここからラジアルタイヤは大きく進化していきます。ミシュランはそんな時代の流れに対応し、いち早く前後逆向きパターンを導入。それは、前後輪で受ける力の違いに対応するための必然から生まれたと言えるでしょう。
もちろんパターンの考え方はメーカーによって様々です。ちなみに前後逆向きパターンではないタイヤもありますが、だからと言って前輪を回転方向と逆に組むのはNG。走行時に内部構造が破損するなど大きなリスクが伴う可能性があるので、絶対にやめてください。
「黒いゴムの塊」にしか見えないタイヤですが、改めて溝に注目して見ると、色々なことを発見することができますね。タイヤのデザイナーやエンジニアはあらゆることを考慮し、タイヤを進化させています。これからもミシュランから様々なパターンを持つタイヤが登場することでしょう。『溝』の意図を読み取ると、タイヤ選びはさらに楽しくなるに違いありません。
タイヤは前後で荷重のかかり方が異なるため、ミシュランでは前後逆向きパターンを採用しています。写真はロード6で、トレッド全体に対する溝面積の割合を示すボイドレシオは、14%を確保しています。
ボイドレシオを、パワーGP2(左)とパワー6(右)で比較。パワーGP2は6.5%。パワー6は11%となり、パワーGP2はスポーツ性を高めるためサイドにスリックゾーンを用意しているのがわかります。
パワー6のショルダー部分に注目してみましょう。溝という概念だけでなく、スクエアデザインとゴルフボールデザインが、ミシュランらしい個性を高めウエット時の安定性も向上させます。また、トレッド面ではありませんが、サイドウォールのチェッカーフラッグ柄のプレミアムタッチデザインが高級感を演出します。