apr GR86 GTは23位、シェイドレーシング GR86 GTは25位で完走
ミシュランは27年目のSUPER GT活動を終える
「ハコ」のレーシングカーによる最高峰のレースシリーズであるSUPER GT。その2025年シーズン第8戦がシリーズ最終戦として開催され、ミシュランタイヤを使用してGT300クラスに出場したNo.30 apr GR86 GT(永井 宏明/織戸 学)がクラス23位、No.20 シェイドレーシング GR86 GT(平中克幸/清水英志郎)が同25位で完走しました。
2025年シーズンのSUPER GTにおいてミシュランはGT300クラスに集中してタイヤ供給活動を行い、シリーズを通じてNo.20 シェイドレーシング GR86 GTとNo.30 apr GR86 GTの2台をサポートしました。しかし、様々な要因から、競争力が十分ではない状況での戦いが続き、四半世紀を超えるミシュランのSUPER GTにおける活動においてもとりわけ困難なシーズンとなりました。
FINAL RESULT / GT300 - TOP 6 & MICHELIN Partner
POS. | No. | CAR | DRIVERS | TIRE | TIME / GAP |
1 | 5 | マッハ車検 エアバスター MC86 マッハ号 | 塩津 佑介/木村 偉織 | YOKOHAMA | 1:52'23.835 |
2 | 61 | SUBARU BRZ R&D SPORT | 井口 卓人/山内 英輝 | DUNLOP | + 0'09.217 |
3 | 666 | seven × seven PORSCHE GT3R | ハリー・キング/藤波 清斗 | YOKOHAMA | + 0'09.710 |
4 | 56 | リアライズ日産メカニックチャレンジ GT-R | ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ/平手 晃平 | YOKOHAMA | + 0'09.978 |
5 | 52 | Green Brave GR Supra GT | 吉田 広樹/野中 誠太 | BRIDGESTONE | + 0'12.075 |
6 | 65 | LEON PYRAMID AMG | 蒲生 尚弥/菅波 冬悟 | BRIDGESTONE | + 0'26.066 |
23 | 30 | apr GR86 GT | 永井 宏明/織戸 学 | MICHELIN | - 2 Laps |
25 | 20 | シェイドレーシング GR86 GT | 平中 克幸/清水 英志郎 | MICHELIN | - 2 Laps |
SUPER GT最終戦 もてぎ シェイドレーシング GR86 GT
9月の菅生大会で車両に大きなダメージを負い、前戦のオートポリス大会は欠場せざるを得なかったNo.20 シェイドレーシング GR86 GTでしたが、チームの懸命な努力によって復活を果たし、今大会に出場。事前に十分なテストを行うことができなかったという事情などから、ペースは思うようには上がりませんでしたが、終盤には別の種類のタイヤを試すなどしつつ、2時間近くにわたったレースを走り切りました。
SUPER GTにおいてミシュランは、各パートナーチームの戦略に応じて、車両ごとに異なるタイヤラインアップを準備しています。今大会のドライコンディション用タイヤについては、20号車には2種類のミディアムコンパウンドを、30号車にはミディアムコンパウンドとハードコンパウンドを用意しました。
SUPER GTシリーズのプロモーターであるGTアソシエイションは、2027年シーズンからGT500とGT300の両クラスのタイヤをワンメイクにすることを先ごろ発表。SUPER GTを世界的に希少なモータースポーツシリーズとしていた高度なタイヤ競争ですが、これが演じられるのは次の2026年シーズンが最後となります。
No.20 シェイドレーシング GR86 GTは、シーズン中に3度も重大な車両損壊に見舞われ、その影響により、これまでの7戦のうち3戦は決勝レースを戦えずに来ました。今大会には、約1カ月にわたる突貫的な修復作業を実らせて出場。公式練習を大きな問題なくこなし、ひとまずの安堵がチームに広がりました。
No.30 apr GR86 GTは、前戦であるオートポリス大会の予選で得た良好な手応えを今大会でも期待していました。しかしその再現はならず、特に予選で振るいませんでした。決勝では、予選よりは競争力を見せたものの、トップから2周後れのクラス23位でフィニッシュという結果にとどまりました。
今シーズン5度目の決勝レース出場を果たしたNo.20 シェイドレーシング GR86 GTでしたが、ほぼ“ぶっつけ本番”のレースとなったため車両の状態は万全でなく、加えて、ピックアップによるタイヤの性能低下があったことから予定外のピットストップを行うことに。クラス25位での完走となりました。
今シーズンはミシュランにとって、シリーズの前身である全日本GT選手権の時代から数えて27年目のSUPER GT参戦でした(※2戦のみでの活動だった1994年も含む)。GT300クラスに集中した活動は前年に続いてのものでしたが、全体的にスピード不足の戦いが続いたシーズンとなりました。
【GT300クラス予選】
出場台数が28台と多いGT300クラス。その予選第1セッション(Q1)は2つの走行枠に分けられ、2台のミシュランタイヤ装着車のうち、No.30 apr GR86 GTはグループA、No.20 シェイドレーシング GR86 GTはグループBに振り分けられました。
この週末のモビリティリゾートもてぎは好天に恵まれ続け、走行はすべてドライコンディションのもとで行われました。Q1のグループAが開始された11月1日午後2時の気温は22℃、路面温度は26℃でした。
Q1グループAに出走したNo.30 apr GR86 GTですが、Q2進出を果たした前戦のオートポリス大会での予選パフォーマンスにまったく及ばぬ状況でした。織戸 学が懸命にアタックを試みましたが、グループAのトップタイムより3.844秒も遅いタイムにとどまり、グループAでは14位、GT300クラス予選総合では27位に沈みました。
Q1グループBに回ったNo.20 シェイドレーシング GR86 GTには清水英志郎が乗り込みました。彼が記録した自己ベストタイムは、グループBのトップタイムとは1.857秒差で、グループBで11位、予選総合はクラス22位でした。
【GT300クラス決勝】
秋晴れが続いた決勝日。パレードラップが始まった午後1時の気温は20℃で、路面温度は22℃。約2時間後にレースが終了を迎えた時点でも、路面温度は21℃ありました。
No.20 シェイドレーシング GR86 GTには平中克幸が乗り込んでスタートを切りました。オープニングラップでひとつ順位を落としましたが、その後、先行車両2台が交錯してストップするなどしたことにより、ふたつポジションアップを果たしました。そして19周目を終えたところでルーティンのピットストップを行いました。
平中から交替して清水英志郎がステアリングを握ったNo.20 シェイドレーシング GR86 GTは、後半スティントでクラス23番手を走行。するとSHADE RACINGは、38周目終了時に20号車を再びピットに呼び入れてタイヤ交換を実施。ドライバーは清水のまま戦列に戻しました。それまでとは異なるスペックのタイヤを最後に使ってみるためでした。その後、No.20 シェイドレーシング GR86 GTは安定的に周回を重ね、クラス25位でフィニッシュしました。
No.30 apr GR86 GTの前半スティントは永井宏明が担当しました。彼は良好なスタートを切り、オープニングラップで2つポジションアップ。先行車両2台の後退を受けてさらに2つ順位を上げ、クラス23番手につけながら24周を走行しました。そしてaprチームはピットストップを実施。交替して乗り込んだ織戸 学はステディなドライビングを続け、前半スティント終了時と同じポジションでゴール。No.30 apr GR86 GTはシリーズ最終戦をクラス23位で終えました。
■日本ミシュランタイヤ モータースポーツダイレクター 小田島広明のコメント:
「シーズン最終戦となった今大会におけるドライコンディション用タイヤですが、20号車には2種類のミディアムコンパウンドを用意しました。ひとつはグリップ性能を重視したタイプ、もうひとつは安定性を重視したタイプです。一方、30号車にはミディアムコンパウンドとハードコンパウンドを1種類ずつ用意しました。20号車は、Q1と決勝の第1スティントおよび第2スティントにおいてはグリップ性能重視のミディアムタイヤを履き、最後の第3スティントでは安定性重視のミディアムを使用しました。30号車は、Q1と決勝第1スティントではミディアムタイヤを使い、第2スティントではハードタイヤにスイッチしました。
20号車は、2戦前の菅生大会でアクシデントに巻き込まれて車両破損に見舞われました。チームによる懸命な作業のおかげで、この最終戦に修復が間に合いましたが、マシンの状態は100%ではありませんでした。そのため、ペースが思うようには上がらず、また、路面に落ちているゴムかすがトレッド面に貼り付いてタイヤの性能低下を招く問題も発生しました。こうした状況から、レース中に予定していなかった2度目のピットストップを行い、別の種類のタイヤを試すことにしました。
ただ、いずれにせよ今週末は、20号車、30号車ともに、全体的にスピード不足でした。それは、今シーズンを通じて言えることでしたが、その原因は単純でなく、いくつかの要因が複雑に絡まっていました。20号車は雨のレースで速さを見せていましたが、不運が続きました。30号車は、徐々に競争力を上げてきて、前戦のオートポリス大会でQ1を突破するまでになりました。しかし我々には、ジェントルマンドライバーたちが必要とするタイヤをチームに供給することに注力する必要がありました。ひと言で総括するのは難しいですが、ジレンマを抱えた、困難なシーズンでした」