三保の松原から眺める富士山

エピキュールの旅「東海道」編②

Epicures(エピキュール)とは美食家、食道楽を意味することば。ギリシャの快楽を探求していた哲学者、エピクロスを語源とします。
食の快を探求するため、日本の名産品、特産品の産地へ訪れ、その食文化を学ぶ旅。ミシュランガイドを片手に、いざ食道楽ドライブ!

 江戸のころ、観光ルートとしても栄えた東海道五十三次は、今でもその土地ごとに魅力があります。今回はこの長い街道を食文化とともにドライブする3本立ての2回目です。

東海道2 イラストマップ

東海道2 イラストマップ

 前回、富士川のサービスエリアで富士山を満喫しました(東海道編① )。この富士川のサービスエリアには富士川スマートICがあるので、そこを出て由比へ向かってみましょう。富士由比バイパスに乗って海沿いを走ります。由比は徳川幕府の転覆をはかった由井正雪の生地だともいわれていますね。筆者は時代劇好きなので、よく知っているのですがみなさんはご存知でしょうか……?

富士由比バイパスからの富士山

富士由比バイパスからの富士山

富士由比バイパスからも富士山を見ることができる。撮影をしていたら、ポルシェに乗った女性も停車し、同じように写真を撮影しはじめた

 さて、富士由比バイパスに乗って少し走ると「由比宿」に着きます。ここは東海道五十三次16番目の宿場です。ここには現在、東海道五十三次を描いた歌川広重の美術館「東海道広重美術館」もありますので足を運んでみては?

 由比は奥駿河湾に面しており、桜えび漁がさかんで名物にもなっています。駿河湾の最深部は水深2500mに達し、日本で最も深い湾。深海に生息する桜えびは、駿河湾だからこその名物ともいえます。春の3月から6月、秋の10月から12月までが漁期です。由比漁港には、桜えびの料理を出すお店などもできており、週末ともなると大行列になっています。

駿河湾

駿河湾

2018年の秋漁が中止になってしまった桜えび。冷凍のものなら手に入るので安心を

駿河湾モニュメント

駿河湾モニュメント

由比港にある桜えびのモニュメント。駐車場も完備されており車でも立ち寄りやすい

三保の松原から眺める富士山

三保の松原から眺める富士山

三保の松原から眺める富士山の雄姿

 由比の海と桜えび、広重を楽しんだら、さらに車を西へ進ませましょう。由比から「興津宿」を越え、さらに「江尻宿」まで向かいます。江尻は現在の静岡市清水区辻のあたりから始まる宿場町で、清水港や清水の次郎長として知られる町でもあります。ここから南に下ると三保の松原です。平安のむかしから景勝地として知られています。天女が漁師のために美しい舞を舞いながら天に帰ったという伝説の松「羽衣の松」もここ。富士川から見る富士山とはまた違った砂浜と富士山を楽しむことが出来ます。

羽衣の松2

羽衣の松2

日本新三景の一つ。三保の松原は歌川広重の『六十余州名所図会』「駿河 三保のまつ原」でも描かれている

御穂神社の御神体 羽衣の松

御穂神社の御神体 羽衣の松

羽衣の松は御穂神社の御神体でもある。現在の松は三代目

 三保の松原の寄り道を終えたら国道150号線でさらに西へ向かいます。駿河湾を左手に一望できるドライブにぴったりのコースが待っています。前回同様、ミシュランのタイヤ「MICHELIN PRIMACY 3」で走っていますが、非常に快適。窓をあけて、波風を頬に受けながら西へと進みます。こういう美しい道では車の走りよりも景色を楽しみたいもの。自分の運転感覚に素直な走りを実現してくれるPRIMACY 3なら、こういう時もストレスがありません。

国道150号線 駿河湾を左手に

国道150号線 駿河湾を左手に

国道150号線は海沿いのドライブルートで気持ちいい

 海沿いのドライブルートの途中には久能山東照宮があります。晩年を駿府で過ごした徳川家康が1616年に死去した後、遺命によってこの地に埋葬されました。久能山東照宮には、国道150号線の久能山の山下で車を停めて、1159段の表参道を登ります。この道を昔の人は「いちいちごくろうさん」と言いながら登ったそうです。ルートは違いますが日本平からロープウェイで久能山に渡る方法もあります。実際に1159段を登ってみましたが、階段の幅もまちまちで折り返しも多い急斜面に、たどりついたころには汗だくになってしまいました。

久能山東照宮

久能山東照宮

国道150号線から久能山東照宮へは1159段の階段が待ち受ける。見上げると果てしない

久能山東照宮からの絶景

久能山東照宮からの絶景

久能山東照宮からの絶景。1159段の上りは大変だが、この景色を前にすれば苦労も吹き飛ぶ

久能山東照宮3

久能山東照宮3

久能山東照宮は徳川家康を祭神として奉る全国東照宮の創祀

久能山東照宮 徳川家康の手形

久能山東照宮 徳川家康の手形

徳川家康の手形が今も残されている

 この国道150号沿いでは石垣いちごの栽培がさかんです。石垣を積み、そこにいちご苗を植えて栽培するというもので、平地よりも面積に対して植え付けられるいちごの数が多くできるのがメリットです。石垣はソーラーパネルのように太陽に向かって積まれており、温暖な気候を石垣が取り込み、熱を蓄積させることでいちごの発育を促します。久能山東照宮の下には、いちごをウリにしたお店が軒を連ねているので、いちご好きにはたまらないかもしれません。いちご狩りなどの旬は12月~5月あたりなので、その時期に行くのがおすすめです。

石垣イチゴ1

石垣イチゴ1

石垣いちごを楽しめるお店も軒を連ねる。糖度が高く酸味の少ないのが特徴

石垣イチゴ2

石垣イチゴ2

国道沿いの石垣で栽培されている石垣いちご。章姫という品種が多く栽培されている

 久能山東照宮から、さらに車を走らせて再び宿場町へ向かいましょう。「府中宿」はJR静岡駅周辺で、ここは徳川家康が少年期と晩年期を過ごし、また「東海道中膝栗毛」の作者である十返舎一九の生地でもあります。そこから次の宿場町である「丸子(まりこ)宿」(丸子は鞠子とも書かれます)へ。

 丸子宿には東海道で一、二をあらそうほどの名物があります。芭蕉の「梅若菜まりこの宿のとろろ汁」という句でも知られるとろろ汁です。ちなみに『東海道中膝栗毛』では、弥次郎兵衛と喜多八がにわか雨に降られて丸子の茶店に入るものの、店では夫婦げんかの最中で名物のとろろ汁にありつけなかった話が描かれています。

広重丁字屋

広重丁字屋

広重の浮世絵の雰囲気のまま、今も残る「丁字屋」

東海道五十三次の 丸子 の絵

東海道五十三次の 丸子 の絵

東海道五十三次の「丸子」の絵が大きく展示されている

 そして、丸子橋のたもとには歌川広重の浮世絵、「東海道五十三次」の「丸子」に描かれた茶店「丁字屋」が現在も営業中です。創業は1596年で、以来400年間場所を変えずに営業しています。

  この丸子から宇津ノ谷峠を越えて岡部宿の次が「藤枝宿」です。池波正太郎さんがお好きな方は『仕掛け人・藤枝梅安』を思い出す方も多いのでは? テレビドラマの必殺シリーズの翻案元でもあります。この小説の主人公、梅安は藤枝宿で生まれたという設定で、物語でも時折その話が差し込まれます。

 この藤枝宿の西はずれを当時、瀬戸川が流れていて、それを越えてしばらく進むと「染飯(そめいい)」で知られた瀬戸村がありました。染飯は強飯(こわめし)をクチナシの汁で黄色く染めて、すりつぶして小判型などに薄くのばして干して乾かした食べ物です。乾燥したクチナシの実は漢方薬としても知られ、染飯は旅人にとって足腰の疲れをとる食べ物として評判になったようです。

クチナシの実

クチナシの実

クチナシは黄色の色づけだけでなく漢方としての機能性も

 瀬戸の染飯の鮮やかな黄色は、旅人によほど新鮮だったらしく、江戸時代後期の俳人である小林一茶は「染飯や我々しきが青柏」と詠み、青々とした柏の葉に包まれた染飯の季節感あふれる色彩の鮮やかさに心を動かされています。葛飾北斎も『春興五十三駄之内 藤枝』という作品で瀬戸染店の店先の様子を絵に描いており、とろろ汁と並び名物であったことがわかります。

 ただ、その調理法を見る限りカチカチの染飯は美味しくもないはず。軽くて携行にいいので、非常食として売れたのではないでしょうか。口の中でしゃぶっていれば徐々に柔らかくなるだろうし、水や湯があればほぐすこともできたでしょう。この染飯、現在は、藤枝駅前のお弁当屋「喜久屋」で買うこともできますが、実際に食べてみると現代風にアレンジされていて普通のくちなしのおにぎりでした。

 染飯については、同市の「千貫堤・瀬戸染飯伝承館」でその歴史やレシピについて知ることができます。

千貫堤 瀬戸染飯伝承館

千貫堤 瀬戸染飯伝承館

「千貫堤・瀬戸染飯伝承館」では、染飯の歴史を学べる

喜久屋の染飯

喜久屋の染飯

現在販売されている喜久屋の染飯は、現代風にアレンジされたくちなしのおにぎり

東海道③につづく (11月掲載予定です。)

2019年9月25日掲載
※掲載内容は取材時の情報です。(取材日:2018年11月22日)

mem sabakaido nakamura

mem sabakaido nakamura

中村祐介 Yusuke NAKAMURA

編集者、ジャーナリスト、フォトグラファー
食生活ジャーナリストの会所属
一般社団法人おにぎり協会代表理事
一般社団法人日本編集部代表理事
株式会社エヌプラス代表取締役

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